幻のルフィドニアTDL店

 本日のお話は少し身内向けかもしれないので、予めご了承ください。
 それ以前にこれからするお話を信じていただけるかどうかが不安ではございますが、さて。

 私たちがキャラクターとして誕生した際に、モデルとなる地がございました。
 それは千葉県の手賀沼という場所にある若松と言う地域です。
 チーバ君で言えば、鼻のあたりをイメージしてください。
 そのあたりにレストランがあり隣に学校(阪神の和田監督の母校です)があったので、レストランの場所をルフィドニア、学校をウェイトレスが通っている学校と見立てて文章を書いていたりゲームを作ったりしていました。

 そんな当店もおかげさまで3周年。
 これを機会にこのあたりの事を調べる機会を得たところ、少し驚きの事実を発見してしまいました。


 それは、手賀沼にディズニーランドを作るという構想です!



 ・・・・・・ええ、モニターの前のお客様が眉に唾を付けられている事は重々承知でございますよ。

r2014070601.jpg

 せっかくなので、Wikipediaでも使用されている当時の広報誌を紹介致しましょう。
 版権の関係で修正が入っていますが、入ってないものを確認すると左から白雪姫、グーフィー、ミッキー、バンビとなっております。

 いきさつはこうです。
 手賀沼周辺で大規模な埋め立てが行われました。
 その土地の活用候補として、1959年に手賀沼ディズニーランド案が出ました。
 しかし資金などが不透明だったり、先導する政治家や事業者が出てきませんでした。
(お隣の柏市は「東の渋谷」と言われるほどの繁華街ですが、我孫子市は商業工業の運営が今も昔も苦手のようです)
 
 結局ディズニーランド構想は実行されず、埋め立て地は住宅地として利用されました。

 こうやって眺めてみますと、競技場や音楽場など今のTDL(東京の方です)とは随分違った内容になっています。
 正直な話、仮にこの案が実現されてもそこかしこの遊園地と変わりませんので、さして成功はしなかった事でしょう。
 また、浦安と違って土地も狭く大きな拡張もできなかったはず。
 となれば本家ウォルトディズニー社が日本を主な市場に入れなかったでしょうから、ディズニー・シーだって誕生しなかったと思います。

 浦安のTDLよりはるか昔、50年以上も前にこのような構想があり頓挫していた事が、ガッカリするやらホッとするやら。

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[ 2014/07/06 09:00 ] いわゆる普通のブログ | TB(0) | CM(0)

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